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Ukraine 旅行 / 7日目

iPodタッチはインターネットができます。ラーメンズを見るために持っていったツールが、思わぬ活躍を見せたのがウクライナ七日目。mixiにログインするととある方からメッセがきていました。その方も同時期にウクライナのリヴィウにいるそうです。日本語がしゃべれる!なんだかテンションが上がりました。

その方とモニュメントで待ち合わせ、少し早い時間だったのでカフェでお茶しました。風の強い日でした。日差しも強い日でした。カフェオレの美味しい店でした。熱いカフェオレなのにストローがついてました。2時間弱話し込みました。世界中を旅している日本人の話を聞きました。バンドの追っかけで世界中まわる人の話も。ユースホステルの話。オーストリアが色んな意味で素晴らしい話。気がつくとお昼ご飯の時間でした。

ランチしますか。って事で、街路樹立ち並び、おじいさまがチェスをする通りに面したレストランでランチ。二人で食べると多種類注文できます。ボルシチに、キエフ風カツレツ、じゃがいも、豚の串焼き。飲み物はクヴァス。お腹いっぱい。プハ。ウクライナ料理は何度食べても美味しいです。田舎風でシンプルな味付けだから、クセが無くていい。

さて、二人で話していると窓の外が暗くなりました。なんだ巨神兵か!?と思ったらただの夕立でした。ちょっと雨音で声が聞こえなくなるくらいの豪雨で、ミルククラウンが道路に無数あるくらい。ちょっと旅行者が凹むくらいでした。聞くと最近夕立が多いとのこと。ちょっと気をつけよう。mixiで出会ったその方とわかれ、街散策を再開します。

薬学博物館。古い薬道具の展示が独特で、臭い、湿った空気が印象に残る。廃墟好きとか、薬好きにはオススメの博物館でした。地下展示室、まあ地下の穴蔵ですが、ここにはなぜかクマバチがいたのでご注意を。

高い城壁。街が一望できるその場所が次の目的地。歩きました。石畳をずっと北に向かって。人通りが少なくなりました。右に曲がりました。人がいなくなりました。石畳がめくれ上がったままでした。土がむき出しでした。両側の石造りのアパートは三階建てでした。窓が開け放たれていました。老婆が三階の窓から見下ろしていました。子供が一人、リフティングの練習をしていました。買い物袋を下げた男が、道の真ん中でハーフパンツの左側の裾を捲し上げて立ちションベンをしていました危険信号が私の中で灯されました。回れ右をしました。少し早歩きをしました。

嫌な予感がしたので、急いでホテルに帰りました。漠然とした予感です。空の雲が厚いかもしれないとか、人の黒い雰囲気を感じ取るようになったとか、何か具体的なきっかけがあったわけではないのですが、ただただ漠然と、嫌な予感がしたんです。貧困とかそういうことなのかもしれません。日本では感じることのできない雰囲気。動物的感覚。この日は、そういう出来事をいくつか経験できる、そういう意味でよい1日になりました。


さて、大雨にやられました。空港の持ち物検査でひっかかるためか海外に傘を持っていった事がありません。幸いスペインなどは晴れの日が多く、旅行で雨に降られた経験は数えるほど。ましてや豪雨なんて未経験でした。

それは酷い雨でした。雷。稲光が雲と雲の間を渡るのが見えます。音がカミソリのように鋭い。雨音がバスドラが二つあるドラムみたいに激しい。スリップノットを思い出します。

ホテルの軒先でぼんやりと、傘を持っていてもこの雨じゃ意味無し、と考えながら雨宿りしました。

人通りは、それでもちらほら。傘を差さずに歩く女性。真っ赤なブラウスを体に吸い付けてヒールをならして歩く。パーカーをすっぽりかぶり、U.N.K.L.EのPVみたいに歩く男性。車は普段通りに走ります。水しぶき叩き上げて走るマルシュルートカ。パトカー。バス。タクシー。乗用車が少ないなあ。

そんな豪雨でも滅入ることなく雨がやむのを待てたのはこれが夕立だったからと、そして、私の左で雨宿りをしていたカップルが抱き合い体を温め合っていたからでしょうか。微笑ましい。可愛い二人。

雨が止んだので、駅に向かいました。バス停でアルバニア出身の若者と会話。別れ際ガッシリ握手。今思えばマイケル・ジャクソンに似ていました。さて駅の待ち合いスペースで時間つぶします。木製ベンチに座り寺山修司を読む。

コツコツ・・硬いブーツの音が右後ろから聞こえます。歩き方は軍隊調。でも引きずりぎみ。私の右斜め前で足音が立ち止まる。服は青い迷彩服。軍隊の巡回。ウクライナは警官や軍隊の巡回が当たり前です。

コツコツ・・・私に向かって歩く二人。『パスポート』と言って手を差し伸べる。やっとのことで寺山修司から顔を上げると、小顔で端正な白人兵隊が左、180cmのごつい口ひげ兵隊が右に立っていました。鳥山明の漫画に出てきそうな二人です。ブルー将軍と、ミスターサタン。

ブルー将軍は英語が話せるらしく、先ほどの『パスポート』は彼の声でした。パスポートを見ながらサタンと何か話している。イミグレーションカードを求められたので提示。確認しながらサタンと話す。そして私に言いました。含み笑い。

『イミグレーションカードには
 キエフの宿泊先しか書いていないようだが
 リヴォフの宿泊先を書かないとペナルティだ
 100US$払わないといけないね
 私たちについてきなさい』

おっと。まじで。何それ。聞いてない。真偽のほどはわからない。どうする。どうする!「ペナルティってなんですかー(笑)冗談でしょ」なんて努めて明るく、少し大きな声で話していました、私。素直に『ペナルティ』という話を信じてしまうほど、動転。やっちゃったなあと思っていました。駅構内を出て駐車場に近づくとブルー将軍が私を向いて言いました。

『でも、私たちの気持ち次第では
 このことを黙っていることができるんだよ』

・・・あ。これ、噂の公職の腐敗ってやつか。賄賂か。なんてこった。

「いくら払えばいいですか」と聞いたのは対処方法としては間違っていたと思います。とにかくどうにかしたかった、解放されたかった。ブルー将軍に言いました。「50грнですか?」私はその時金銭感覚が狂うほど動転していました。1грн=20円なので、日本円にして1000円。100US$と一桁違います。計算を間違えたのです、私。本来なら「500грнですか」と言うべきでした。

ところがブルー将軍。『そうだ。50грнを渡せば許してやる』と納得。私の発音が悪かったのかな。「1000円ならいいや」と思って支払った私は対処方法として間違っていたと思います。裸銭で50грн札を手にとった私から

『お金を見せるな!
 隠せ!早く渡せ!』

と慌ててパスポートを返したブルー将軍とミスターサタンは、今思えばお茶目でした。


日記を読んでいる皆様。ウクライナには不良警官、不良軍隊がいます。その割合は定かではありません。全てが悪い人ではありません。警官にはいい人もいました。シンフェローポリで親身に相談にのってくれた警官もいました。でも、事実、悪い人もいます。十分注意して旅行してください。本来はパスポートは警官や軍隊に手渡さない。自分の手元から見せること。とにかく大使館に電話する!と大声で言うこと。相手のIDと名前を聞くことが大切。(彼らは提示する義務があります。)被害にあったらそのIDと名前を外務省に伝えること。抗議してくれるそうです。お金が返還されるかどうかはわかりませんが、正しい対処をしてください。

今回の私の対処は間違った、弱い対応です。反省していますが、私にとっては笑い話です。だって1000円(実際は900円くらい)で済んだのですから。


はてさて、豚の小屋の臭いがする開放寝台にのってキエフへ。
次は最終日。八日目『チェルノブイリ』です。

————

八日目の日記が見当たりませんでした。なのでこれでウクライナ旅行の日記は終わりです。

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