スキップしてメイン コンテンツに移動

NY旅行 その6 2015/7/7

7月の頭にニューヨークへ行ってきました。その旅行記というよりはメモの集積。
--------

6日目 最終日

宿泊先のホストに日本からお土産を買っていったのだけど、夏にしょうが入りくず湯を渡すのは、自分でもどうかしている。飲み方がわからないだろうからイラストで説明してみた。今読み返してみても意味がわからない。これから暑くなるのに体を温めさせてどうする。でも喜んでいたからよしとしよう。


常連を目指して今日もレストランに行った。ソーセージの入ったオムレツを今日も頼んだ。今日は暑いからオレンジジュースを頼んでみた。これがとても美味しかったので「どこのジュースなんだい」と聞いたらパッケージを持ってきてくれた。


写真を撮れと。ふーむ。これは日本からでも買えるのかな。大雑把な味なのに美味しいとはどういうことだろう。確かにオレンジの味がするんだけれどもジュースの味じゃない。美味しかった。さて、レジで今日も小銭とお札でぴったりのお金を渡した。レジにはいつもママが座っている。笑顔の素敵な人だ。今日は私に声をかけてきた。「ねえ」と。「ここはアメリカだよ。チップが本当は必要なんだ。」と言われて顔が赤くなってしまった。私が常連になってみようと思ったのはそのサービスがとてもよかったこと。そのサービスに対して私はチップすら払っていなかったのだ。本当に恥ずかしい。最後の最後にチップを払うことができてよかったのと、あと、ママがちゃんと私に言ってくれたのがよかった。ただの旅行者だと思っていたら言うことも無いだろうし。本当は初日からちゃんと支払っておきたかった…。


飛行機の時間まで中途半端な時間しかなかったのと火曜日だったのでギャラリーに行くわけもいかず、仕方なく(というと失礼)自然史博物館に行った。ティラノサウルスはそんなに好きではなかったが、トリケラトプスやステゴザウルス他、形の特異な恐竜は好きなので化石は見たかったのだ。ジュラシックワールドの公開も近いからと思うけれども、子どもの数が多かった。子どもの数と同じくらい、大きなお友だちが盛り上がっている様子もたくさん見ることができた。





自然史博物館には恐竜だけでなく、世界の民俗衣装や儀式にまつわる展示もたくさんあった。メトロポリタン美術館の展示と多少(というか大きく)内容がかぶっているものもあったけれども、それぞれが異様なので気にならなかった。貝がびっしりと縫い付けられた鎧のような服やトゲトゲ頭のマスク。男女の性行為を模した壷や股の間から後ろを眺める像、そして目が真っ黒で見ているだけで呪われてしまいそうになる像。照明がちょっと暗いので展示をしているというより保管しているような展示室。その仄暗さも恐ろしさを増していて面白かった。







鉱石の展示やクマムシの展示もあった。クマムシ先生の名前がスペシャルサンクスの欄にあって少しテンションが上がった。鉱石は綺麗な宝石も展示されていたけれども、放射能を持っている鉱石も展示されていた。とにかく量が多い。展示室が広い。時間があっという間に過ぎてしまう。





美術館を出てファラフェルスタンドがあったのでファラフェルを食べた。メトロを乗り継いで飛行場へ移動した。飛行機にのって夕焼けというか朝焼けを眺めて日本に帰ってきた。



あっという間の6日間だけれども、最初想像していた以上の行動をした気がする。それでもまだまだ足りない。なんて密度の濃い都市なんだと実感した。

私はニューヨークという観光地に行ったが、一つ一つの行動はいわゆる観光ではなかったと思っている。美術館へ行ったのは私にとって美術鑑賞の延長だし、ギャラリーが集中しているエリアを歩いたのは日本でよくやるギャラリー巡りと同じだ。ブルックリンの、そうそうDumboエリアで独立記念日の花火を見たのは観光なのかもしれない。ブロードウェイの演劇とミュージカルを見たのもいつもの演劇鑑賞の延長にあった。

うーん。これは「観光」について整理しなくてはならないな。とにかく、よい旅でした。また行こう。

終わり。

コメント

このブログの人気の投稿

「仮面屋おもて」がキラキラ橘商店街にオープンしました。

京島のキラキラ橘商店街は、私が事務局メンバーとして関わっていた「墨東まち見世」にとって縁の深い商店街です。初年度から様々な企画でお世話になっており、2012年度ではインフォメーションセンターとしての事務局スペースを構えさせていただきました。(初年度、その場所では岸井大輔さんのプロジェクトが行われ、商店街では大巻伸嗣さんの展示も行われました。)現在、そのインフォメーションセンターとして借りていた場所はブティックが入店しています。

さて、キラキラ橘商店街は毎週土曜日に「キューピッドガールズ」によるパフォーマンスが行われたり、日曜朝には朝市、日本全国の中学生が課外授業として訪れるなど、商店街を中心とした地域の魅力発信がとても盛んです。そんな商店街に、最近なにやら不思議な店構えの店舗が入店しました。

既に4月28日オープンしておりますが、その数日前、関係者への内覧会におじゃましましたのでその写真をご紹介します。まずはずらりと見てください。

ところ狭しと仮面の並ぶ1階スペース

海外の作家さんの仮面も並んでいました
 ひ!一つ目!
 通りの向こう側からも見えるようになっていますね
このお店は「仮面屋おもて」という「仮面」のお店です。揃えているのは、日本国内外を問わず様々な仮面作家さんの作品です。内覧会は夜に行われました。商店街を通り過ぎる人は帰宅途中、もしくはこれから飲みにでも出かける人でしょうか。色々な背景でその前を通るほぼ全ての人が足を止めてその店を眺めていました。無理もありません。見たこともない不思議で美しく面白く想像力をかきたてる仮面が展示されているのですから。


何屋さんか一目瞭然、でも何をするのか入ってみないとわからない
仮面の使われるシチュエーションは私たちが想像している以上にありました。例えばミュージックビデオの中の演出としてよく使われていますよね。その他、ファッションショーの一部として、映画、演劇の道具として。様々な場面で仮面は使われていることに気付きます。店主の大川原さんは、こうした仮面の需要に対してこたえられる仮面作家さんの紹介を行っているそう。つまり仮面のことならなんでもござれ、彼に情報が集約しているんですね。

これからは販売だけではなく二階スペースでのワークショップなど、様々な事業展開も考えているそうです。演劇では仮面を意味する「ペルソナ」は、ただ衣装を着たり仮…

知床旅行記(旅行というか週末の過ごし方)

知床でワークショップをする機会をいただいたきっかけや理由や流れをここで説明するのは難しいし可能ならば丁寧に、そう、面と向かって相手の表情を見ながら伝えたい内容。ここでは初めて知床に向かう際の飛行機内で偶然アーティストのエレナトゥタッチコワさんに出会ったことを話しておいた方がよいと思う。

数年前のアタミアートウィークで知り合って以来の出会いだったけれも忘れられないその顔はすぐ声をかけるに至った。女満別の空港で仕事の依頼主を紹介したり、行き先を聞いて同じ知床であることに驚いたり、そこで初めて「メーメーベーカリー」というパン屋のことを聞いたりした。

雪解けとメーメーベーカリー
メーメーベーカリーとシリエトクノートから広がる様々なつながりや状況のおかげでワークショップは、私が思っていた以上に何かが伝わったと思う。知床には合計2回ほどしか来ることは無かったけれど、私にとって墨田区に続いて気にかかる…大事な感じのする場所になった。

ワークショップが終わってから1~2年ほど知床に行くことは無かったけれど、メーメーベーカリーの小和田さんやシリエトクノートの中山さんたちが東京に来た時に出会ってご飯を食べたりカラオケをしたり、思い出はなかなか途切れることなく着々と痕跡を残してくれている。

AIR DOと夕焼け
そしてこの4月の半ば、やっとこさ、知床半島を再び訪れた。

ワークショップの際は依頼主が用意したレンタカーで女満別空港からウトロまでひとっとび(といっても1~2時間かかる)だった。今回は公共の交通機関を使った。まずバスで女満別から網走駅へ。網走駅から釧網線を使って知床斜里駅へ。知床斜里駅に着くとシリエトクノートの中山さんが待っていてくれた。彼女の車に乗って宿泊する「しれとこくらぶ」へ。

夜の網走駅はちょっと雰囲気が、ある
釧網線の一両車両。ここで高校生たちの青いやりとりが。
石川直樹さんの写真とプロモーション。やっと見れた。
しれとこくらぶ、お世話になりました!
祖父の代に地元の付き合いで譲り受けた(お歳暮として)温泉をもとにスタートした民宿「しれとこくらぶ」は市街地にある。手作り感のあふれる民宿は、やはり温泉が良質で素晴らしく、しれとこくらぶ1階で開業しているレストラン年輪も人気。夜中や朝早くはそりゃもちろん少ないが、夕飯時はご近所さんや宿泊客で賑わっている。朝食はお母さんの手作りを食べな…

新年早々、車をぶつけちゃいましたよ。

私は車をガレージの門にこすりつけた。車は運転席ドアが開かず助手席側から入るしかないほど右側の壁近くに駐車されていた。向かう方向は右側。私は左にハンドルをきり、少しふくらませてから右にハンドルを回す。ところが、安全に出発させるには、もっと車を前に出す必要があったらしい。門をこするギリギリの距離で私はどうしようもできなくなった。心配して様子を見ていた父親にハンドルを譲った。彼もこの状況から脱するのに困難を要したが、なんとか門と車の右側との距離を空けて、車を出すことができた。父親が車の右側をチェックしに走ると、案の定、夜でもわかるほどの傷があった。思わず「これ5万や!」と彼は言った。私は本当に申し訳なく思って謝った。ドライブに出る予定だったが、もはやそんな気分じゃない。「大丈夫や、気にすんな」と父はフォローを始めた。私の肩をバンバンと叩き「この車は共有や。みんなのもんや。おまえのモノでもあるし俺のモノでもあるねん」と言い「気にせんでいいから、ほら、ドライブに行け!」と運転席に押し込み去っていった。

1時間ほどドライブをしていたと思う。5万円と具体的な数字を言われてしまったから、申し訳無さや運転技術の低下した事の情けなさが、いやにビビッドに頭を駆け巡る。「右に詰めすぎやねん」とか「運転技術にこだわるのはええねんけど、ガレージ広いねんから、そんな技術の鍛錬は無駄やん」とか言い訳も顔をのぞかせたけれども「いやいや、私の技術さえあれば回避できた」とか「落ち着いて対処できたら問題にならなかった」と今度こんな事が起こらないように、と反省に集中した。

帰宅した。今までにないくらい車庫入れは緊張した。何度もハンドルを回して、まるで若葉マークの初心者のよう。気分は落ち込んでいて、一階で炬燵に入っていた父親に「5万なんよな。ごめん。本当に申し訳ない」と言った。彼は「車は慣れの問題や。あんま運転する機会ないから仕方ない。もっと運転したらええねん」と、またフォローをした。私も大人気なかったと思う。「しばらく運転せんとくわ」とどうしようも無い事を言ってしまった。なんとなく、このまま一人で誰とも話さずに寝たかったから「寝るわ」と3回念を押して二階に上がって寝室にこもった。母親は意図を理解してくれていたようだったが、父親はそうでなかったんだと思う。

階段を上がってきた父親は寝室のふすまをノックした…