NY旅行 その3 2015/7/4


7月の頭にニューヨークへ行ってきました。その旅行記というよりはメモの集積。
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3日目

寝坊してTom's Restaurantに行くことができなかった。セントラルパークの散歩もできなかった。なんだか予定していた全てがおじゃんになりそうだったけどシャワーだけはしっかりと浴びてメトロポリタン美術館に向こうことにした。到着した時間がもう遅かったからなのか、既に大行列だった。


言い値で入ることができる日だった。25$を出すと「それよりも低い値段で入場できるけどどうする」と言われた。そこで「20$を支払います」「いいの」「はい」というやり取りをしてしまう。ああ私は中途半端な小心者だなあと少し落ち込みながらポリネシア地域あたりの展示を見て、全ての気分が吹き飛んだ。



なぜ逆さまになった裸の少年の像が突き刺さっているのか理解ができない。とてつもなく大きな像が斜めに展示されているところでは畏れすら感じた。造形それぞれにツッコミを入れるのが疲れる。私一人では体力が持たない。せめてフジシロさんや開さんがこの場にいると、よりゆるやかに笑えた気がする。真剣に受け止めすぎた。



撮影したのはほんの一部だけどそれでもお腹一杯になる。おそらく記憶に残っていない強烈な彫刻もあったはずだろう。金細工はあえて撮影はしていない。有名なオーパーツで飛行機の金細工があったと思うがあれば魚なんだろうと思う。一つだけ見るとわからないが、他の動物の細工と並べてみると理解できた。


近現代の美術が展示されているブースに移動するとなぜか少しホッとする。見たことのある作品がいくつかある。時間の距離が近くなればなるほど親近感が沸くのは不思議な感覚だ。



階段の先に暗い部屋がありピエールユイグの「HUMAN MASK」が展示されていた。私が見たのは映像の後半からだったので、その居酒屋がどこか最初私は知らなかった。


能に似た面を被った猿が居酒屋の台所や座敷を移動する映像だった。グロテスクな表現もいくつかあったが私は、最初は、楽しめた。滑稽というわけではない。猿が人間に見えてしまうこと、そう感じた自分の感覚を受け止めることのグロテスクさ。その感覚自体はとてもよい体験だった。ループし映像の最初から見て私は手に汗を感じた。

東日本大震災の後の廃墟の映像が流れた。立ち入り禁止区域であることが映像や音声(サイレンの放送)で伝わった。つまりそれは立ち入り禁止区域内にある居酒屋で人が存在できない場所であったというわけだ。そこに人間の面をした猿が存在していた。人が存在してはいけない場所で猿が人を模す。


打ちひしがれてそれ以降の展示のことはあまり覚えていない。中東や中央アジアの美術の展示も素晴らしかったけれどもうつろな眼をして眺めただけだった気がする。日本の美術を紹介する部屋に名和さんの作品があったのは覚えていて、ちゃんと写真にも撮っていたみたい。



ファッションと中国美術のコラボレーション展示はとても賑やかで華々しいものだった。この区画だけ全くの別世界で、冷静に思い返してみると煌びやかでよい展示だったんじゃないかと思う。ユイグの作品で落ち込んだ気分が少し持ち直したような気がする。その後、東南アジア圏の仏像を眺めたり中世の鎧を眺めてメトロポリタンを後にした。






メトロを乗り継いでPark Avenue Armoryへ。ここは元々ボランティア民兵の施設として使われていた施設らしく、例えるならばとてつもなく大きな体育館。この日はPhilippe Parrenoというアーティストの展示が行われていた。複雑にプログラムされた10の光の彫刻。鑑賞者をいざなう仕掛けは環境の彫刻のようでもあった。


私が訪れたときはピアノが演奏されていた。スタッフに聞くと「この演奏は特別なコンサートではなくて、奏者が好きなときに訪れて演奏するのよ」つまりそういう作品ということか。小さな女の子が他の鑑賞者に対して話しかけていたのも作品の一部、パフォーマンスということらしい。ちなみに彼女たちのみ撮影禁止で理由は「彼女たちはプロで、このパフォーマンスで報酬を得ている」からというものだった。



回転する舞台の上で人の動きを眺めたり、少し外れた場所にある椅子に座って瞬く照明を眺めたり、ディスプレイにうつるCGを見つめたり。思い思いの仕方で作品の中を移動する人々のリラックスした様子はとてもよかった。あの照明はどういうアルゴリズムだったんだろう。



Park Avenueから移動してBushwickに行ったらオープンしているはずの時間なのにビル自体閉まっていた。そうか今日は7月4日、独立記念日だ。その周辺にあるギャラリーに行ってもほとんど閉まっている。なんと残念なことか…。仕方が無いから、少し離れた場所(1駅くらい)にあるギャラリーに行くことにした。写真はBushwickの道すがらにあったものたち。




Jefferson Stという駅で降りて少し歩くとMicroscope Galleryがあいていた。それ以外のギャラリーはやはり閉まっていたけれどBushwickのマップ他情報源となるような印刷物がいくつかあったのでゲットした。近くのフリーマーケットも閑散としていた。今日は独立記念日だからね、とおっちゃんは笑いながら飛ばしていた。




Arepera GuacucoというVenezuela料理のカフェに入って一休み。独立記念日の花火はブルックリンブリッジのすぐ下にあるDumboエリアで見る予定だったので、今日もGoogle Map先生にお願いして最適なルートを検索。バスがちょうどいいよ、と指示があったのでバスに乗った。




Dumbo手前のヨークストリートとゴールドストリートの交差点でバスを降りて歩いてDumboに向かった。元々は倉庫街だったらしい。石畳に埋もれた廃線。廃墟のような建物を見上げるのは少し気持ちがよい。ブルックリンブリッジ横につけたデコラティブなバスの屋上では若者がBBQをしていた。実は彼らは花火を見ることができなかったはず。角度の問題で。





建物の角、橋を眺めることができる場所で私は座って花火が上がるのを待った。目の前の公園は入場制限が行われているらしく警官と人々のやり取りらしきものが見える。ヘリコプターが空を横切った。落書きのある石畳の上だったから立ち止まる人の数も少なく、もしかしたら絶景ポイントなのかもしれないと嬉しくなった。




そんな気分も長くは持たず、どんどんと人が増えて、結局立ち上がらなければ何も見えない状態になってしまった。余談だが隣に座ったコロンビア人家族の妹さんが日本語を少し話すことができた。兄が「理由を言ってごらんよ」と意地悪そうに言うと妹は「マンガが好きなの私。ナルトが特に大好きよ」と言っていた。なんだかこういうやり取りよくある気がする。




花火が上がった。しかし建物の向こう側で。ぎゅうぎゅう詰めになって花火を待っていた人々の口から絶叫のような落胆の声が上がった。一番最初に陣取っていた老婆は、泣き崩れていたようにも見えた。人は花火が見えるかもしれない方向へ一気に移動した。私はその流れを眺めて楽しんだ。流れが緩やかになったところで私も移動した。


左へ行ったり右へ行ったり。あちらこちら人が川の流れのように移動する。時々見える花火に皆歓声を上げる。どうしようもない状況だけど楽しかった。誰も何も不満を言わない。見えることに対する執着だけが人を動かす。鏡面加工のビルの窓にうつる花火を指差して「見ろよ!あれも素晴らしいじゃないか!」と言っていた若者はとても好感が持てる。



とにかく賑やかな人の流れを楽しみながら、私は途中で流れから離脱してメトロに乗って帰った。気持ちのいい疲れだったと思う。花火は夜中遅くまで上がっていたようだ。夜中にも乾いた爆発音がいくつか聞こえた。銃声かもしれないけど、花火だと思っていたほうがよいかなと思う。

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