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タイ旅行 / 2014/2/14~16 | Thailand Bangkok

理由はわかりません。ただ海外に行きたいという気持ちが強くなりました。今の日本を客観的に見たいと思ったのが最初だったと記憶しています。外国語大学に通っていた学生時代、留学や旅行で欧州をいくつか旅していたとき、異なる文化圏の人々へ日本を紹介する機会がありました。漢字やカタカナの説明や食生活や政治や宗教まで。日本人同士での会話ではないので、前提から説明する必要が多くありました。当たり前に思っていた事実を当たり前から引き剥がし、丁寧に言葉を尽くして説明する。この経験は、私に日本に対する客観的な視点を与えてくれました。この視点をもう一度獲得したいと考えていたのかもしれません。期限が切れているパスポートを手に再発行手続きを行い、航空券を買い、私はタイへ向かいました。

タイを選んだのは、知り合いのアーティストが参加している国際展が行われていたからと現地に友だちがいたからです。展示はMEDIA / ART KITCHENという巡回展でした。インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイと巡回している展示のバンコク(タイ)展を見に行きました。詳細について別途レビューを書きます。





展示が行われていたBACC (Bangkok Art Culture Center)は円形をした9階建ての大きな施設。7階から9階まで大規模展覧会が行われるスペースで、それ以外は小さなギャラリーやスタジオといったアートセンターになっていました。9階ではタイ王妃の写真展が行われていました。大きく引き伸ばされた写真の前に立つと王妃のコメントが音声で聞こえる仕組みになっており、国民の王妃や王に対する愛情が伺えます。8階ではConcept Context Contestation: art and the collective in Southeast Asiaという東南アジアの若手作家を集めた展示が行われており、これもとても見ごたえのあるものでした。こちらのレビューも後ほど。





生まれて初めての東南アジアで最初に目に留まり写真に収めたのは電線の多さです。太く大量に垂れ下がり、柱をきつく締め上げるその姿。力強くもあり、そこに流れる電気を想像させ、そして国としての力強さ(と無骨さや生っぽさ)を感じるきっかけになりました。BTSから見下ろす(見上げる?)ビルの建築現場も同様の力強さを感じさせましたが、電線にはかないません。




さてタイはクーデターの真っ最中。現政権に対するデモが主要駅周辺で行われていました。BACCの最寄駅であるBTS National Stadium駅は最も激しい状態だったらしく、スタジアムの入り口付近には大掛かりなテントがいくつも並んでいました。展示を見た後はすぐSiamに向かおうと思っていたのですが、BACCの受付にあるフライヤーの中に気になる展示を発見。スタッフに場所を聞くとBACCからほど近いChulalongkorn大学の構内とのこと。大学の中に入ろうなんて、こうでもしなければ思いつかないだろうと考え、展示に向かいます。教えてもらった道沿いには大きめのショッピングセンターがありました。中は、なんといいますか、地方の大型ショッピングモールを思い出します。さてショッピングセンターの前ではデモ隊がジュースを片手にタオルを頭にかけてのんびりと休憩をしていました。のどかな光景です。もちろん緊張感もありました。厳しい目をした軍隊や警察の姿も見られましたしね。大学を見つけると足早に入り警備員に声をかけ許可を得て中に入りました。

結局展示は会期が終わっていたらしく見ることはできなかったのですが、その場にいた学生さんが大学内を案内してくれました。木陰で勉強をしたり、自転車の修理をしている学生を横目に散歩。ゆるやかな雰囲気の中で気分を休め数十分過ごしたでしょうか。そろそろと、入った方角と反対の門から外に出るとライフルを持った軍隊が待機していました。ギョッとしました。特に何も言われることなく出ることができ、何事もなく駅に到着しました。(ニュースで知ったのですが、帰国後1週間ほどで、大学近くで銃撃があったとのこと。)

デモはいたるところで見られます。Siamだったかしら。駅名は忘れたのですが中心にステージが設置されたデモ区画もありました。スピーカーシステムはかなりの豪華セットで遠くまでマイクの音(声)が鮮明に聞こえます。ステージ後ろと中継地点になる場所にオーロラビジョンが設置。ステージの様子が遠くからでも確認できるようになっています。




通行止め封鎖された道路には屋台が並び飲食やグッズが売られています。デモオリジナルのグッズはキーカラーとなる青と白と赤のTシャツやキャップやタオル、さらにピアスやワッペンやヘアバンドといったアクセサリまで幅広い。まるでロックフェスです。デモというよりお祭りです。「お祭り」に参加する人々の振る舞いは日常だったのでしょうか。お商売につなげている屋台の人々はどうみても「いつもの商売をしている」ように見えます。私はデモを非日常として理解していたのですが、その考えを改めさせるほどの経験でした。


渡航前に銃撃があり、渡航後にも銃撃がありました。危ないとされる国でしたが、私の滞在中に大きな事件はありませんでした。あったかもしれませんが、私は出会いませんでした。噂にも聞いていません。デモ区画を歩く日もあれば、タイ在住の友人に案内され観光を楽しんだ日もありました。華やかなショッピングセンターでごはんを食べ、寺院の尖塔に登って怯え、ちょっとしたホテルの最上階のオープンエアーのバーでお酒を飲みました。そんな日もあれば、彼女の友人が運営しているインディペンデントなギャラリーへ遊びに行き墨田区の話もしました。




今まで一人で旅行をしていた中では経験できないほど豊富な出来事に触れました。しかし新しい経験をすればするほど、これらはタイの一部にしか過ぎないんだなという認識が強くなっていきます。旅をして、こんな不思議な気持ちになった(気持ちを自覚した)のは初めてでした。
(つづく?)

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