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顔について


「自分の顔を鏡で見ること無く一日を過ごすことがある」と人から聞いてびっくりする私は鏡で顔をよく見ます。鏡で顔を見る経験はいつからでしょうか。覚えているのは小学生のころ。天然パーマの私の髪の毛が許せない私は、お風呂あがりの濡れた髪の毛をブラシで強くひっぱると直毛になることを発見。喜んで鏡の前から、つまり洗面台の前から動かなかった事を覚えています。

私の事はどうでもいいです。

顔が映る場所で自分の様子を確認する人はどこにだっています。部屋はもちろん。電車の中ほんの少しの時間ガラスの向こうが暗くなり黒くなり顔が映った瞬間表情を作るOLやサラリーマンを見た事があるでしょう。ショーウィンドウを眺めるフリをして毛づくろいをする獣。サイドミラーにうつる唇の色を気にする助手席の王女様。

nina chakrabarti《voodoo queens》

顔は他人との会話の入り口です。万全の状態で臨みたいのは当然です。唇の色が悪ければ、他人は私の体調を気遣います。髪の毛の乱れた姿は待ち合わせに遅れ走ったのかもしれない、と要らぬ想像を他人に与えます。普段のままで、いつものままで、フラットな状態で、いえ、少しはあなたのために身を綺麗にしたんだから、と私の意図するところの状態をなるべく100%伝えたい。だからこそ鏡やガラスやそれに似た場所を確保しなければなりません。

気が狂ったように鏡面を探します。なければiPhone4のディスプレイを、ブラックアウトさせ、ハンカチを使って、忘れていたならばティッシュやシャツの袖を使って、磨きます。この際、色は関係ありません。形が確認できればそれでいい。髪型が直せます。表情も直せます。見つめれば色も見えてくるかもしれない。

Henrietta Harris《Your Tomorrow》

残念な事に他人と話している時点の私の姿は確認できません。鏡を使っても左右逆転していて、確認したはずの私と全く違った様子で他人の目に映ります。整えた髪の毛も風で飛ばされます。唇は色を確認するまでもなく動き、そして他人は唇より発せられる言葉や声のトーンに集中します。

私が見ていた私の姿は、私が整えた私の姿は、私が自信を持ってお送りする私の姿は、私の私は。私は。他人の目にはまた違った私が映ります。歪んでいるかもしれません。動物に見えているかもしれません。見えているどころか、他人は私を動物だと認識しているかもしれません。ああ、なんて不安な事でしょう。いや、なんて失礼な事でしょう。私の顔を私が想像しているような完全な状態で見ることができないなんて、動物だと認識しているなんて。なんて腹立たしい。いや、可哀想な事かもしれません。これだけ時間をかけ、また小さな確認を積み重ねて作り上げてきたこの形を見ることができないなんて。なんて人間の認識というやつは不自由なんだろうか。

Charlotte Caron 

んなバカな事を考えるなんてそうそう無いですし、誰もが自分の理想像と他人の目にうつる自分のギャップに折り合いを付けています。いるでしょう。いますよね? 

先日LimArtNerholのお二人が顔をモチーフにした作品を展示されていました。3分の表情の動きを彫り出すことで、その時間や人を浮かび上がらせています。顔は、その表情は複雑で大量の情報を持ちます。顔を観察しましょう。仕事でも愛する人との会話でもどうでもよい人との会話でも。観察で得られたその情報量は、おそらく、相手を思いやる事につながるかもしれません。

Nerhol

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※上記の写真は以下のサイトより引用いたしました。
http://www.ninachakrabarti.com/2009/09/16/voodoo-queens/
http://henriettaharris.com/
http://charlottecaron.fr/travaux/peinture/portraits/
http://www.facebook.com/Nerhol

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