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Ukraine 旅行 / 5〜6日目

うっかりしていました。日本の1.6倍あるウクライナはヨーロッパでもロシアに次ぐ2番目の広さ。地図を見ずに列車を予約した私は、24時間列車の旅に出る事になってしまいました。五日目の14時発車。翌日の14時到着。4人1部屋のクシェット。冷房無し。蒸し風呂。汗だく。息苦しい。最悪。

昨日の楽しいのも打ち消すほどのうんざり旅行になりそうでした。アレクセイが登場するまでは。

一緒のコンパートメントにいたのがウクライナ人の夫婦でした。この旦那は煙草を吸う人で、喫煙スペースに時折出ていました。たばコミュニケーションとはよく言ったもので、喫煙中は妙な連帯感があるらしく、特にビジネスシーンでは重要な決断や密談が行われるそう。旅も同じで、妙に人と仲良くことがあるらしいですね。

そんな流れで、旦那が見慣れない人を部屋に連れてきました。坊主で鼻が高く口ひげのあるその男性は『アレクセイ』といい、防犯カメラなどの制御システムPGをしていて、ウクライナ人と結婚。嫁以外にも何人かの愛人がいて、人生を楽しんでいるそうな。何故こんなに知っているか。

酒の席では口が軽くなります。そう、アレクセイはお酒を飲んで部屋に来ました。ウォッカ片手によれよれと。そして私を見るなり話しかけてきました。もちろんウクライナ語で。私があたふたしていると、夫婦の嫁が英語で説明。ここでも通訳発見です。これ幸いと思ったのは、私じゃなくてアレクセイ。コミュニケーションができるとわかった途端にウォッカを飲ませようとあの手この手です。『ジャパニーズ サケ!ウクライニアン サケ!』と楽しそうにコップを渡してくる。

あ、これはもしかして泥酔させて泥棒を働こうとしているのでは?みんなグルか?窃盗団か?とドキドキしていながらも、結局酒を飲むことになってしまったのです。

アレクセイは言います。ウォッカをショットで一気飲み。一口チェイサーを飲み、果物を口に含んでから、『プアー』と叫ぶ。これがウクライナ流の飲み方だと。

後半記憶が無いのですが、おそらく4杯以上ショットで乾杯しました。酔わない様に気を確かにし、でも陽気に酒を飲みました。酔っぱらったら負けだ。何か盗られるかもしれない。気を許しちゃいけない。でも楽しい。陽気だ。言葉わかんないけど面白い。爆笑ポイントがなんだかわかる。また飲んでみよう。『日本に乾杯!』なんて言われたら気持ちよく飲む以外に道はない。あれ、一人増えたけど気にしない。この人も酒好きだって。こりゃあいい。飲めや飲め。途中アレクセイに連れられて外に出てアイスをおごってもらって気持ちがいい。アレクセイは車掌(♀)をナンパしてるなあ。足がフラフラだなあ。気持ちいいなあ。酔っちゃ駄目だ。気を確かに。

と、その日はいつのまにか終了していました。五日目の記憶は酒のみ!次は六日目。この半分以上が列車の旅なので続けて書いてしまいましょう。また酒の旅でした。

昨日飲んだウォッカは48%。奥さん(アンニャ)曰く、子供のお遊戯程度。六日目に飲んだ、というか飲まされた酒は62%でした。朝からビールとショット二杯を飲んだ私たちは、気持ちよく14時迄を過ごしていました。24時間の長時間列車旅行も、その長さを感じなかった。

アレクセイと連絡先を交換し、駅のホームでアレクセイとハグ、夫婦と握手、もう一人の乗客と『ジャパーン ウクライナ ブラザー!』と言いながらハグし別れました。ほんとに名残惜しい。


リヴィウ到着です。ウクライナ旅行最後の都市。ウクライナ色の最も強い歴史的な街。さあ意気揚々と旅行スタートぅぅ。

のはずが、昼間っから62%の酒を二杯もショットで飲んだためかベロベロです。足がフラフラです。翌日の切符を買うために並んでいても地面が波打ちます。世界がまわります。ウクライナが地球の中心です。北極です。グルグルグルグル。生まれて初めてです。ベロベロで切符を買ったのは。

難なく切符を購入した後はホテル探し。六日目ともなればキリル文字にも慣れ、目当てのホテルをすぐ見つけられました。疲れていたのと、物価が安いこともあってお金が余っていた私は、少し高めのホテルを選びました。フロントは英語の喋れる人で、安心です。笑顔も綺麗。スムーズに部屋をゲット。ドアを開け、荷物をベッドに放り投げ、私も一緒に飛び込みました。水が欲しい。水が欲しい。シャワー。シャワー。とにかく酒を抜こうと必死です。

1〜2時間くらい経ったでしょうか。なんとか元気を取り戻しました。陽も傾いていたのですが、のんびり街を歩きます。このリヴィウですが、街が世界遺産。ヨーロッパ的なたたずまいは、旅慣れた場所に似ていて少し安心します。ブラブラしていると気持ちがいい。

教会をいくつか巡って六日目終了。いやあ、昼間っから酔っぱらったら駄目ですね。でも、アレクセイ達との酒盛りはほんとうに気持ちがよかった!言葉なんて酒の前では関係ない!we are the world!って心底思った一日でした。

さて明日は七日目。
mixiのパワーを実感した一日が始まります。

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