鞆の津ミュージアムの企画展終了について思うこと

いきなり何えらそうに言ってんだ、と思われるかもしれないですが。最近読んでいた本とリンクすることもあり、その思考のまとめも兼ねて鞆の津ミュージアムについて書きます。

人は「普通」であるために「普通じゃない人」つまり「逸脱した人」を求めます。それが障害者でありセクシャルマイノリティであり自営業者であり移民でありetc…。他者化、と申しましょうか、そういう振る舞いを。「自分とは違う」人を作ることで「普通な自分」を安定化させるということですね。

鞆の津ミュージアムでは「普通じゃない人」の展示が行われていたと思いますが、その「普通じゃない」を決める規範が「既存」の規範を攪乱させるものでした。(見てないのに偉そうに言ってる自分、恥ずかしい。)

企画展が今回の「障害(仮)」で終了し、福祉施設として「障害のある人」の作品を展示する美術館に方針が変わるとのこと。「既存」の規範にのっとった「普通じゃない人」を見せるようになるのでしょう。

「次はどんな企画が生まれるだろうか」という期待を持ったり「やられたー!」と驚くことが鞆の津ミュージアムにおいてできなくなるのは残念ではありますが。このような美術館があったということが、しっかりとアーカイブされることを望みます。

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鞆の津ミュージアム
http://abtm.jp/
https://www.facebook.com/tomonotsu

次回企画展
「障害(仮)」
http://abtm.jp/blog/323.html
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最後にfacebookで書かれていた長津くんのテキストも引用いたします。
https://www.facebook.com/yuichiro.nagatsu/posts/890554657647746

既存の福祉の文脈を大きく逸脱し、「アール・ブリュット」を「生きるための技法」と読み替え、鋭くアウトサイダーたちを取り扱ってきた唯一無二の美術館がその姿を変えようとしています。今回の企画展「障害(仮)」が最後の企画展で、以降は福祉施設として「障害のある人」の作品を展示する美術館に様変わりする予定とのことです。

「TURN」展を通じて関係者としての顔もあり、事情は聞いていた身として今重ねられる話をすこし言うと、渦中の美術館「鞆の津ミュージアム」は、「アール・ブリュット美術館」という、日本財団が全国5箇所に展開している、福祉施設を運営する法人が母体となる美術館のうちのひとつです。「福祉」と「美術」という異なる文脈を交差させているため、議論や波乱を多かれ少なかれすべての館が内包しているように見えています。その流れにどう立ち向かうかで、館が目指す方向性が大きく変わっていきます。障害のある人の表現活動についてをわかりやすく切り取ることで既存の価値観に適合させようとする動きにつながる館もあれば(そのことを「和製アール・ブリュット」と呼び批判する動きもあります)、鞆の津ミュージアムのようにあえて尖った視点で、すべての人に向けた問いに転化させるような動きを作る館もあります。しかし後者の場合には、既存の価値観や制度的枠組みからはわかりづらく、脅威になる危険性があるとみなされてしまう。現場級の話というよりももう少し大きな、制度的な話であり、政治的な話としてコトが動いているように見えます。

なにか既存の文脈や枠組みから逸脱していて、それでもそこでやむにやまれず生き抜いている人たちの姿を捉えることこそ本当の「福祉」なのではないか、と提起する鞆の津ミュージアムの視座は、東京迂回路研究が見つめている視座と重なります。なにかもう少しできることはなかったのかと感じています。あきらめずに対話し続けなければならない、と襟を正します。

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東京迂回路研究
http://www.diver-sion.org/tokyo/
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